だれも知らないムーミン谷 孤児たちの避難所
熊沢里美(著)
/朝日出版社
作品情報
「ムーミンたちが本当はどのような生き物で、彼らの住む谷はどのような場所なのか、その答えはアニメは言うまでもなく、原作、絵本、いずれにおいても一切語られていません。もしかすると、私たちは今まで肝腎な問題を見落としたまま、アニメを見ていたのではないでしょうか。」(第一章より)
「原作をめぐっては、これまでも冨原眞弓さんをはじめ、多くの研究書や関連本が出版されてきました。しかし、ムーミンの世界は、読者それぞれが受け取ってくれればよいので、あえて趣旨を語らないという著者トーベ・ヤンソンの意向があり、その意向を尊重する研究者の配慮がなされてきました。そのため、あらすじをたどる表面的な指摘に止まるものが多く、原作の内容に踏み込んだ読解は、いまだに充分とは言えません。それでは、アニメの平穏な世界だけが記憶され、原作のユートピアは理解されず、あまりに勿体ないのではないか、と私は思うのです。〔…〕今回、私はみなさんに原作(児童文学)を読み解くことで「(原作の)再生後のユートピア」をお伝えし、さらに「(アニメの)省略されたユートピア」に隠された本当の魅力を知ってもらいたいと思い、文章にまとめてみました。」(まえがきより)
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この作品のレビュー
平均 3.0 (10件のレビュー)
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読書もまたひとつの《旅》であるとするならば、この本は著者による「ムーミン谷」への《旅》のいわばドキュメントであり、その足跡をたどることで、ぼくら読者もまた、べつの角度から捉えた「ムーミン谷」の新たな眺…望を新鮮な驚きとともに手に入れることができる。
発端は、テレビアニメ「楽しいムーミン一家」を観て育った著者が、あるとき9冊からなる原作のシリーズを手にしたところからはじまる。本を読んだ著者は、当惑する。テレビアニメのなかでは「割愛」され感じることのなかった「ふたつの問題」が、原作ではシリーズ全体を貫く大きなテーマとなっていたからである。そして、著者はそこからひとつの仮説を導き出すのだった:「アニメ『楽しいムーミン一家』に描かれたムーミン谷は、原作において登場人物たちが直面するふたつの問題を克服した後のユートピア、いわば『省略されたユートピア』を描いたものなのではないか?」。
物語を丹念に読み解いてゆくことで、原作においてムーミン谷の住民たちが「克服」せねばならなかったふたつの問題ー「自然」と「住人どうしの関係」が浮き彫りにされる。読み解くにあたって、焚き火、ランタン、灯台、かまどなど物語に登場する《光》がもつ象徴的な意味に注目したのも面白い。「夏」と「冬」というふたつの季節が支配する世界の対峙も、北欧においては四季は日本ほど明確なものではなく、春は夏の、秋は冬のそれぞれ「露払い」程度にすぎないことを思えば納得のゆくところだ。
もちろん、ムーミン谷はフィンランドにあるわけではない。とはいえ、作者トーベ・ヤンソンが北欧の厳しい自然のなかで多感な少女時代を過ごし、物語を育んでいったことは紛れもない事実である。そして、そんな「北国のひと」トーベ・ヤンソンによる素朴な《民話》という側面から「ムーミン」を読み直すとき、著者は、現代の日本に生きるぼくらもまた未来を照らす《光》を手に入れることになるかもしれないと言う。まったく同感である。ムーミンの原作をいまこそ読もうと思う。続きを読む投稿日:2014.05.28
副題の「孤児たちの避難所」に惹かれて借りた。原作を読んだ人なら誰でも、ムーミンシリーズは孤児や、どこにも居場所がなかった存在たちの話だと知っている。
なぜトーベ・ヤンソンはマイノリティたちの物語を書…いたのだろう。子供の頃に無人島で子供たちだけで過ごした体験が彼女にどんな影響を与えたのか?敗戦後の厳しい社会状況が想像の原動力となったのか?
彼等の背負う「孤児」という重みを掘り下げて論じているのではないかと期待したが、別にそんなことはなく、登場人物に孤児が多い事実を指摘しただけだった。
トーベ・ヤンソンがスウェーデン系のフィンランド人で、当時のフィンランドではマイノリティだったという話は初耳だったけれど。でも、フィンランドは長いことスウェーデンの属国だったし、北欧はマイノリティに優しいイメージ。
まあでも、ムーミンシリーズの評論としてはアリなんじゃないかな。こういう読み方もあるって事で。要するに、ムーミンの原作を読んでみて、おもしろいから、という本。
ムーミンシリーズを読み返したくなった。北欧の神話や民話、挙げられていた参考文献にも興味を惹かれた本があったので、読んでみたい。
著者は、自分を含めた日本人はみんなアニメを通してムーミンに親しんできたので、原作ではこうなんだというのを、みんな知らないでしょう、というつもりで「だれも知らない」という題名をつけたようだ。
アニメより原作を通してムーミンに親しんでいる日本人が少数派だとか、初耳なんだけど。むしろ、ちゃんとムーミンのアニメを見たことはないなぁ。ここでも少数派か。まあいい。
「ムーミン谷の仲間たち」の、「春のしらべ」は、私も大好きな話だけれど、この話のスナフキンが孤独に疲れているという読みはしたことがなかった。はい虫がスナフキンを批判しているとも思ったことがないな。
むしろ、自分だけの孤独を楽しんで心底から幸せを感じている時に、ふとムーミンの顔が思い浮かんで、「あいつはいい奴だけど、いまは最高の友達のムーミンにだって会いたくないよ」って感じだと思ってた。だから、はい虫にそっけない態度をとったんだ。
でも、スナフキンにはティーティ・ウーのような存在のことがよくわかっていた。たったの一度も、誰からも大切なかけがえのない存在だと扱われたことのない小さなはい虫が、どんな気持ちで自分に話しかけてきたか、スナフキンはよく知っていたんだ。だから、いつも誰にでも愛想よく接することはできないと自分の良心をなだめようとしたけれど、そうできずに、おしゃべりするために戻っていった。でも再会したティーティ・ウーはもうそんな必要が無くって、生まれて初めて自分のものになった人生に夢中だった。その様子を見届けたから、スナフキンは安心してまた旅に戻ることができた。
あのみじめでちっぽけなはい虫に、人を批判するなんてことができるはずがない。彼は、誰かに何かを期待するなんて図々しいことはできない。ただ決死の覚悟で、そうできなかったらもう死ぬしかないという覚悟で、憧れのスナフキンに、一個の存在として認識して欲しいと請い願った。スナフキンは、何の気なしにではあるけれど、まさにはい虫の望みを叶えたんだ。だからちっぽけなはい虫はティーティ・ウーとなって人生を手に入れられた。そしてスナフキンも、孤独は素晴らしいが、自分以外の存在と出会うのも悪くはない気分で、新しい音楽を作った。
トーベ・ヤンソンのすばらしさは、彼女の観察力の鋭さと、自分が見聞きしたものを愛情を持って描ける表現力だ。私はそう思う。
今まで、ムーミンの評論は意識的に避けてきたけれど、他の人の評論を読んでも自分自身は変わらずに、新しいものの見方を手に入れられるみたいだ。これから、ムーミンに関する本をもっと読んでいってもいいな。
ムーミントロールとは、恐ろしい自然の気配のこと。ひとりでいる時に感じるつめたいすきま風のようなもの。人と自然のメタファーである怪物が対峙して、勝ったり負けたりする児童書や絵本は多いけど、自然の一部(ムーミン)と、大自然の対決は珍しい。言われてみれば。続きを読む投稿日:2016.10.22
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