この作品のレビュー
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情報学的転回は「人間中心ではなく生物中心」で、「人間の機械化を否定」し、ITと生命活動との新たな可能性を探る。組織の生命的な活性度を上げるためのタイプIIIアプリケーションを模索せよ。大量生産/大量消…費と個人間の熾烈な市場競争にもとづくいわゆる知識社会とは異なる、集合知と共有財にもとづく近未来社会のイメージ。野中郁次郎の知識創造企業論、公文俊平の情報社会論との共鳴。
# 本書のテーマ
- 個人と組織の学習(知識の形成)
- “人間=機械”複合系
# キーワード
- 階層的自律コミュニケーション・システム (Hierachichical Autonomous Communication System: HACS):構造的な変化を起こしながらも定常的に自己を維持し続けるシステム。コミュニケーション生成に寄与する下位の自律システムが「他律システム」のごとく機能する。自律と他律を併せた「両義的存在」。
- オートポイエティック・システム (Autopoietic System: APS)
- システム(HACS)の活性度:状況変化に柔軟に対応する動的な性格
- 経験的抽象:形象的(figurative)な抽象化。一次的。
- 反省的抽象:操作的(operative)な抽象化。二次的。
- 社会的抽象:概念同士の論理的関係から生まれた抽象概念。社会的な次元で抽象されたもの。三次的。
- 生命的組織(vital organization):一定数の構成メンバーが定常的にコミュニケートし合いつつ、一種の生存活動を行うような共同体的な組織。近似的にHACSとみなせる。
- 組織の学習:意味ベースに準拠し、コミュニケーションにおいて両立性を満たす意味構造/概念構造(意味ベース)が更新されること。「組織の意味ベース」の析出。そのような意味作用をもたらし意味構造を形成するものが「情報」。
## 知の種類(集合知の位置づけ)
- ミクロレベルの知:個人の経験的抽象/反省的抽象によって形成される、体験と結びついた意味構造/概念構造。
- メゾレベル/ミディアムレベルの知:集合知。社会的抽象で得られた専門知識を実践的観点から再構成/再編集したものが理想。ダンバー数以下の組織規模から。
- マクロレベルの知:専門家による社会的抽象を通じて確立される。
## アプリケーション
- タイプI(過去):三人称的な思考機械。計算や記号処理を行う。エキスパートシステム。第五世代コンピュータ。
- タイプII(現在2008年):一人称的な対話機械。人間を包む環境を生成する。生命活動の新たな局面展開を助ける。GUI。ダイナブック。対話によって静的なコンピュータと動的な生命体との間に橋が架かる。思考自体はヒトがおこない、ヒトの周囲状況(環境)をコンピュータがつくりだすという役割分担。
- タイプIIIアプリケーション(未来):人称の区別を乗りこえた有機機械(organic machine)。“生命的組織”(“人間=機械”複合系)のダイナミクスをコンピュータが支援し、実生活を創発的な場に変えていく。生命的な組織において、構成メンバーとその属する組織、言い換えれば個人(の心身)とその周囲状況(環境)とが、身体行為を介して互いにそのアイデンティティを組みかえていく。まず集合知から。
# メモ
APSの「閉鎖性」を理解するには:
- 「客観世界から主観世界へ」(ユクスキュルの環世界論)
- 「システムの内部へ視点を移すこと」(マトゥラーナによるカエルの視覚の研究からオートポイエーシス理論へ)
→「幻想と現実の区別が不可能」であるような意味で、認知行為を内側から観察するならば「閉鎖性」としか言いようがない。
基礎情報学は、シャノンの機械的な情報通信モデルを根底から批判し、人々が信じている「社会における意味の伝達(社会情報の伝達)」を基礎から位置づけ直す。
機械情報をいつのまにか社会情報と同一視するのが、技術中心の楽天主義的なメディア論の特徴なのだ。(メディア論、マクルーハン)
社会的なコミュニケーションとは実話、巷間信じられているような「主体的な人間同士の情報伝達/メッセージ交換」などではなく、自律的な閉鎖系において自己言及的におこなわれる出来事。
またく人間が参加せず、コンピュータ・エージェントだけが参加する社会的なHACSはそもそも存立しえない。それは他律的なプログラム制御系となってしまうのである。
客観世界の存在を信憑することは勝手であるが、その存在を証明することは不可能なのである。とはいえ、この主張は「一切は空だ」といった神秘主義につながるものではない。むしろ学問的手続きを重んじようという主張なのである。(…)まずは客観世界の不在を前提に議論を進めるのが誠実な学問的態度と言えるであろう。(…)客観世界とその精緻な表象という前提が消滅したとき、個々人がそれを共通知識として獲得するという情報伝達モデルは崩壊する。
グレイザーズフェルドのラディカル構成主義:認知主体である人間が、世界についての知識を外部から獲得するのではなく、これを認知主体の内部で自ら構成(construct)していく。試行錯誤と通じて周囲状況に「適応(fit)」するのが人間の認知活動なのだ。
ピアジェの発達心理学:行動スキーマ、同化、調節。 → グレイザーズフェルドはこれをフィードバック図式として解釈する。
概念とは生命活動と関わっており、外部から与えられるのではなく、むしろ内発的な存在である。(ヘルンスタインらによるハトの学習実験から)
- 再現前化(re-presentation):自らが過去に経験したイメージを、自己言及的に、繰り返し再構成する営為に他ならない。この心的作用が、一次的な経験的抽象と、二次的な反省的抽象とを結びつけるのである。
- シンボル:シンボルの連合作用によって、自分が過去に経験したイメージが喚起され、よみがえってくる。
- 両立可能性(compatibility):コトバの意味の共有(sharing)ではなく両立可能性によりコミュニケーションが成立する。
知識というのは学習者が自らの経験を通じて内的に構成していくものであり、それによって生存の可能性を拡大していくことが大切なのである。
客観世界と普遍的概念体系にもとづく小包的コミュニケーション論への批判。
肝心なのは、天下りの客観世界を記述した固定的知識の処理だけを情報技術の目的だと見なす安易な思い込みに対し、批判的な距離をとることなのである。
自己言及という行為は、本質的に生命体に特有のものであり、したがって決して回避すべきものではないのである。
設計された時点で、いわば時間的に宙づりにされた存在が機械に他ならないのである。それに対し、あらゆる生命体は本質的に通時的/動的な存在である。
静的な機械情報とはもともと動的な生命情報から派生したものである。生命体とはつねに自らを更新し乗りこえていく存在であり、ヒトも、ヒトのつくる社会的な組織も例外ではない。したがって、コンピュータを応用する際には、そういうダイナミズムを抑圧しないような留意が不可欠となるのである。
一人称(主体)としての「私」と、三人称(客体)としての「私」の違い。
一人称的記述を無視する粗雑な態度から、人間のどんな思考活動もコンピュータで代替できないはずがないという素朴な楽観主義が生まれてくるのである。
行動とはいわば、対話的なものであって、情報処理というよりは意味生成をあらわしている。身体行為は「脳、身体、環境にまたがる集合的現象」。
生命の本質は自己超克的なダイナミズムにある。
生命体が自らのアイデンティティ(自己同一性)を維持するためには、「生命体は自分自身をこえなくてはならない。現在の状況を、いまこの状態におけるアイデンティティを、こえていこうと渇望しなくてはならない」。
タイプIIアプリケーションは、一人称的な心(意識)の内部に直接踏み込むのではなく、ITを活用して魅力的な周囲状況(環境)をつくりあげることで心(意識)に間接的な影響を与える。
形式論理的な記号処理をコンピュータに代行させると、情報学的には大きな変容が起きる。記号操作の効率化/精密化/省力化の代償として、意味解釈の柔軟性や融通性がまったく失われ、その部分は形式論理的に固定されてしまう。社会的組織のなかで固定部分が増してくると、当該組織は生命的な活性度を失っていく。
セカンドライフの生活には、生理的欲求がない。タイプIIの変種にすぎず、要するに刺激的な人工環境をつくるだけで、われわれの生きる営みの根幹部分を支えるITアプリケーショントハなりえないのである。
生命的組織とタイプIIIアプリケーション:アイデンティティは具体的には、対応するHACSの意味構造/概念構造(意味ベース)で与えられる。このときもはや、経験的抽象と反省的抽象は個人の心(頭脳)のなか、社会的抽象は社会的組織のなか、と概念が形成される場面をはっきり峻別するための境界線は曖昧になっていく。両者は、通常言われる間主観性の域をこえ、動的に、緊密に結びついてしまうのである。
タイプIIIアプリケーションは、機械的組織から生命的組織への移行を促進する。
機械は他律システム。タイプII的「対話」の楽天的な追求は行き詰まる。ヒトと同じ生物であるかのような誤解をしてはならない。
タイプIIでは「個人」と「パソコン(personal computer)」。タイプIIIでは生命的組織と「個人」は「階層関係にあるHACS同士」。「個人」が解体されていく。
セカンドライフには多重人格や融合人格が出現しうる。
アルコールによって普段と違う人格が出現するように、個人のなかには多様な人格が潜在している。統一的な人格、つまり首尾一貫した論理にもとづいて行動する個人というのは、むしろ社会的な組織が要請するものと言ってよい。ゆえにもしITが、いくつかの組織のためのプラットフォームを準備できれば、われわれは自らの身体や記憶をリソースとして、それぞれの組織のコミュニケーションのための素材を提供すること、換言すれば、複数の人格になることもできるのである。
個人とは、遺伝子が生きのびる上での一つの単位にすぎず、これを絶対的な単位として特権視することの根拠は明らかではないと言っても過言ではない。
生命的組織は、“人間=機械”複合系である。あたかも細胞が集まって多細胞生物をつくるように、ヒトやヒトのグループ同士がコンピュータやインターネットを介して多様なモードで相互連携する。
意味ベースの更新維持がIT(コンピュータ・エージェント)による支援と密接に関係する。生命情報の曖昧な「意味」を、明示的な表現として記述し、共有可能なものとして蓄積していく。
階層関係のあるHACS同士は、非対称な関係を保ちつつ、相互に相手を変革していく。どのHACSでも、コミュニケーションを継続し意味ベースを形成するために、いかなる連辞的メディアと範列的メディアをいかに用いるかが、生命的組織の成否の鍵を握ると考えられる。
(タイプIIIアプリケーションの)具体的なイメージとしては、ITベースのインフラのもとで、企業組織の長が観察者となり、従業員の発言を総括し、これをそれぞれの従業員にフィードバックしながら、組織全体の意見をまとめていく、といったプロセス。ここで観察者は、評論家のような三人称的/客観的な記述ではなく、当該組織の当事者としてむしろ一人称的/主観的な記述をおこなうことが望ましい。換言すると、あくまで組織の創造的発展のための内的視点に立つのである。したがって、単に論理のつじつまを合わせるのではなく、上意下達でもなく、構成メンバーのなかに潜在する無意識の、あるいは直感的/身体的な部分をすくいあげるように努めることが大切である。
※『一般意志2.0』に似ている! だが「一人称/主観的な記述」というあたりが違う。なるほど「無意識」「直感的/身体的な部分」(これは「動物的」と換言できる)を「すくいあげる」ためには、「当事者」として「一人称/主観的」に記述しなければならない。これは納得。
キーポイントとしては、従業員のミクロな発言の揺らぎが相互に共振して、大きなうねりを生じ、組織のマクロな意見として収斂し、明確化されていかなくてはならない。
HACS内の情報創出の内実とは、「下位のHACS間でおこなわれる情報伝達/情報蓄積/情報処理の総体」に他ならない。主観と客観の対立も、一人称的記述と三人称的記述の対立も消滅する。意味内容はあくまでHACS内部で自律的/自己言及的に発生するのだから、「誤解」とか「文脈によるゆらぎ」などはもともと存在しない。意味内容の「正しさ」は、ただ、上位レベルのHACSにおいてその意味内容が果たす機能/実効性によって判定されるだけなのだ。
- ノイマン/シャノン流の他律システム論的なパラダイム → 人間や社会の機械化 → 生命特有の柔軟性が排除され、創造性が枯渇する → 社会全体が衰退と破滅に向かう
- ウィーナー流の自律システム論的なパラダイム → オートポイエーシス理論 → 基礎情報学
「情報公開によるエンパワーメント」批判:新聞、テレビ、インターネットなどで公開されるのは機械情報に過ぎない。人々が機械情報を単にアクセスできるようにすることと、それを_生存に真に役立てること_の間には大きな隔たりがある。大量の機械情報の洪水のなかで、人々がむしろ思考停止に陥ることは珍しくないのだ。
個人間を隔てる壁こそが現在のIT応用の限界をなしている。真の集合知を実現するには、この限界を乗りこえることが必要不可欠なのだ。
物理的な肉体は一種の「リソース」にすぎない。むろん、肉体が生命活動のベースである以上、人格と肉体の関係は複雑微妙ではあるが、HACSから情報現象を考えていくことで、肉体のみに限定されない、いっそう自由な生命活動をITによって実現することも不可能ではないのである。
人称の区別を乗りこえた有機機械(organic machine)。人称の区別の乗りこえを可能にするのは「身体」。機械情報と生命情報とを直結(言語化を経ない)させるという新ルートを考えてみよう。身体の中にある暗黙の領域を巻き込みながら、生命的な活性度の高い社会的組織の実現をめざすはずだ。
※necomimiを想起した。
いま求められているのは、生命的組織をもたらすタイプIIIアプリケーションであり、またそれを実現するタイプIIIアプリケーションなのである。生命独特の自律的/オートポイエティックなパラダイムを組み込まない限り、ヒトと機械とが巧みに複合し、生命活動を活性化するタイプIIIアプリケーションを開花させることは決してできない。われわれは現在、二一世紀をひらくIT活用の道を真剣に探求すべき岐路に立っているのである。
〜〜〜
メモ:
裁判がコンピュータ化された未来を想像した。コンピュータ裁判官が出力した判決案を、人間の裁判官がチェックして、問題があればアルゴリズムを修正する。つまり裁判官はプログラマーである。その修正によって過去の判例にどれほど影響が出るのかは瞬時に計算される。その影響を評価した上で、人間の裁判官は「従来の判例を踏襲する」か否かを判断する。基本的には従来の判例データベース(意味ベース)の範囲内で形式論理的な記号操作を通じた司法判断が自動的になされるのだが、ときには人間(専門家としての裁判官)の意志が介在して「プログラム」を書きかえるべきときがある。そのような契機を制度に組み込んでおく。…と思ったが、このようなことは難しそうだ。そもそもプログラムに入力されるのは機械情報だけなのであって、それでよいのか? という司法の原理レベルからの問い直しが必要だ。続きを読む投稿日:2012.06.04
情報-その本質は生命による「意味作用」であり、意味を表す記号同士の論理的関係や、メディアによる伝達作用はむしろ派生物にすぎない。言葉の意味はいかにして私の心から他者の心へ伝えられるか。意味内容が他者間…をまるごとそっくり移動するなどほんとうに可能なのか。社会的コミュニケーションはいったいなぜ可能なのか。著者はHACS-階層的自律コミュニケーションシステム-に基づいて、「情報」そのものを根底から問い直すことから出発する。生命が、閉鎖的かつ自律的な「システム」であるとしてとらえ、その上で生命の「意味作用」を「情報」であると再認識した上で、生命/心/社会をめぐる情報現象を、統一的なシステム・モデルによって論じようとする。
――2009/12/04続きを読む投稿日:2015.12.17
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