舷燈
阿川弘之(著)
/講談社文芸文庫
この作品のレビュー
平均 5.0 (1件のレビュー)
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ずっと読みたかった阿川さんの本作をようやく読めた。
確かに、他の作品とはやや毛色が異なる。もともと阿川さんは女性よりも男性に好まれる作家ではないかと思っていたが、もし女性が本作を読んだらどんな感想を持…つだろう・・と思った。
冒頭から妻への暴力の場面で始まる。主人公は女性は家長である男性に従うべきであり、余計な教養を身につけるべきではない、と考える男で、一見、何と前時代的な小説だろう、と思える。しかしこの男性の思想の内容自体が問題ではないのではないか。この人物はいわば内弁慶的な性向があり、そのことを自覚してもいる。
もちろん、主人公が多くの同期が死んでいく中、たまたま生き残ったという感覚をもち、二十代にしてすでに余生を生きるような気持ちで、屈託を抱えていることと、だからと言って家庭内での暴力を正当化することとは別だと思う。全く理由にもなっていない。ただ、あとがきや「春の城」の結末部分にも確かあったと思うが、家父長制的な習慣も、挙国一致的な体制も、戦前はあれだけ当たり前に、もしくは称揚さえされていながら、敗戦後は手のひらを返したように価値観が逆転し、「民主的」になっている世情に反発したいという心情も理解はできる。自身の頑固さとか偏屈さを外では出せないので、「ウチ」ではそれが出てきてしまう。そこまでわかっていながら、抑制ができないから、それでも妻になる女性とうまくやっていけるのか、結婚以前からですらすでに主人公は思い惑っている。
自分自身のことに寄せて考えてみても、私自身妻にもっとこうして欲しいとか気を遣って欲しいとか、直接に言い争うことさえしないが、しょっちゅう周囲に愚痴っていないか。
現代では、夫婦が互いに気を遣って、常に気を揉んで、先回りして思いやることが理想とされていはしないか。そのこと自体は全く正しいが、ただ本作に描かれているように、誰しもが自分の思う理想像を相手に抱いているのであってみれば、それを普段から口に出して相手に求めるか、押し殺して妥協点を探り探り生きていくかの違いでしかないのでは、とも思える。思うに、男女間夫婦間で表現されているが、この主人公は、他者に対して抑制したり妥協したりということがもともとできないのだろう。
この男性は暴力的な言動の後に後悔することもあるし、子どもができればだんだんと可愛いと思う感情も表現されている。苛烈な性格の男を描いているはずだが、決定的に家庭が崩壊しているとか、読み進めるのが辛くなるといったことも、不思議となかった。どこか淡々としているし、語り口に裏表がない。こういった点は、そもそも阿川さんの他の小説にも見受けられると思う。
最後の方に登場した2人の作家は、的外れかもしれないが吉行淳之介と安岡章太郎ではないか?とも思った。この2人が阿川さんのことを理解するとは思えない(?)・・他の2人も、もちろん好きな作家だが、もっと観念的だし、もっと耽美的と言っていいのかなと思う。阿川さんの文章が親しみやすく感じるとしたら、それは、阿川さん個人の実際の人生の延長に全て作品があるような気がするからで、そこからあまり外へ出ていかないのが魅力であるし、一方もしかしたら欠点とも言えるのではないか。続きを読む投稿日:2020.09.07
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