この作品のレビュー
平均 4.2 (6件のレビュー)
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現在、戦中日記を読めば、100人が100人とも同じ感慨を抱くのではないか?すなわち「まるで、今のウクライナのようだ」。
いつも空襲警報は鳴り放し、昨日まであった飲み屋が、学校が、思い出深い建物が、今…朝見れば瓦礫と化している。それでも、驚くほど人々は暮らしている。もちろんおそらく「明日は死ぬかもしれない」という気持ちも持っていたとは思うが、日記の中はみんな一様に「淡々と」綴られ生活している。
「図書7月号」で斎藤真理子さんが、有名人の戦中日記の読み比べをしていた。きっと面白いに違いないと思い、私も真似てみる。用意したのは、高見順「敗戦日記」、「大佛次郎敗戦日記」、「吉沢久子27歳の空襲日記」、「田辺聖子18歳の日の記録」、ケストナー「終戦日記」である。読み始めると、予想通り面白く、なかなか終わらない。書けば長文になることが決定しているし、そもそも各自の日記を並列しないと意味ない。よって5冊の本の感想を1945年に限り書いて、五分割して順番に載せることにした。読者諸氏は是非とも順番に読んで頂きたい。
1番バッターは高見順である。ある意味戦中日記の代表選手。
高見順(37)。鎌倉の大船在住。文学報国会の委員をしていて、東京へは月に10-5回の頻度で来京していた。19年は6月〜12月陸軍報道班として「支那」に行っていた。
文学報告会という、文学者の戦争協力組織と文学者の関係を「ケストナー終戦日記」翻訳者の酒寄進一氏のように、一刀両断で非難する気持ちは私にはない。しかし、今はキチンと準備できていないので、このシリーズの最終回に書きたいと思う。
1月2日
高見順 雑煮を食い、母と共に鶴岡八幡宮に参拝。
1月9日
高見順 亀谷の小林秀雄に会いに行き、いなくて、途中空襲警報、極楽寺の中山義秀へ。
大佛次郎 大佛次郎の方が高見順よりも遥かに空襲事情は詳しい。この日の空襲は大船の(撮影所含む)被害を詳細に記している。
1月11日
高見順 小林秀雄宅で美について考える。考えるな、美は目の前にある。
吉沢久子 新しく会社に入ったSさん、物資を集めることが仕事になってしまったようだ。今日はウイスキーが手に入るとか。アイデアルウイスキーというので、一本150円だそうだ。えっ、私の月給は120円なのに、とゆううつになる。でも妹からたのまれていたので一本購入とたのんでおいた。 帰りに妹の家に寄り、ウイスキーのことを伝えたらもっと買うという。豚なべ、ごちそうになって帰る。
←妹のところは夫が事業かうまくいっているようで、お金持ちらしい。月給分のウイスキーでも欲しいという階層が一定数いたのだということもよくわかる。吉沢久子は当時田舎の阿佐ヶ谷に住んでいた。
1月12日
高見順 赤裸々な私小説のような藤村の「家」について、あれこれ感想を書く。
1月14日
高見順 日比谷、銀座を歩く。日比谷映画劇場に長い列。銀座の国民酒場になった「天国」「ブラジル」で「無糖珈琲九銭」を飲む。「スリーシスターズ」でこっそり酒を飲む。日本酒五本とウィスキー二杯づつ、それで二百円あまり。大変な高さらしい。「名古屋に再び大地震があったらしい。気の毒なことだ。フィリピンの戦いはいよいよひどくなった」
1月27日
高見順 朝空襲警報、(のちにラジオで70機の来襲と報じられる。「詳しいことはわからぬが、不幸は察せられる」)終日家にいて、ゆうこく運動のために鎌倉に出る。 翌日、新聞には何も書いていないが、人々の話でことのほか酷かったと知る「最初の市街盲爆である」。義兄の話で、被害家屋千余。被害人数数千。
吉沢久子 神田須田町のビルの勤め先で空襲に遭う。遠く(王子、池袋、日暮里、千住)で黒煙を見ていると、直ぐ近くで高射砲のパチパチという音、何かがはじける音、ビルなので遠くを見渡せる。今度は銀座、丸の内で黒煙。←ビルなので燃えないという安心感か、死ぬかもしれない、という危機感はない。いやに冷静な描写。もしかしたら、わざと感情を入れるのを抑制しているのかもしれない。というのは、3月の東京大空襲には感情を爆発させているからである。
大佛次郎 翌日に東京の被災の詳しい話を聞いている。新聞ではなく、人伝に聞く方が正確な由。
1月30日
高見順 義兄と国家傍聴をしに都内へ。その前に爆撃地見物。地下鉄は銀座には行かず、しんばしまで。新橋三壺堂で「梅原龍三郎北京画集」(79円)「森寛斎画集」(22円)を買う。帝国ホテルへ。山水楼隣の骨董屋に爆弾が落ちたとのこと。そこまで行けず日比谷へ。朝日新聞社のガラスはみな破壊。10時、人ひとり通らない街。「寝れるときに寝ておこうと、みんな早く寝てしまう」から「何か気味の悪い、不吉な感じさえする静けさ」。
吉沢久子 今日一日は空襲もなく平和であった。一日生き延びた。希望がなくなった。
大佛次郎 米軍司令官が絨毯爆撃をドイツでやった奴だから、日本でも始めた。ある種非常に正確な推察を聞いている。工場を狙うものだと思っていた期待が覆ったことを嘆く。「戦争は彼我の人間の素質がものをいう段階に入っている」「戦争指導者ならいざ知らず、文士がこうもく安っぽく嘘をつけることだ(←林房雄「剣と詩」)と感心するばかりである」
←すみません。全部日記のストレートな引用ではなくて、時々日記の要約もしますし、私の感想的要約もします。ここでは地文が要約。「」内はストレート引用。
ケストナーの日記は2月から、田辺聖子の日記は5月から入ってくる。
ともかく、この3人の日記を読み比べて、東京の周辺に住んでいた文学者や、田んぼばかりの田舎に住んでいたOLたる吉沢久子は、比較的「安全だ」と思っていたようだ。
けれども、東京の状況は、ほとんど現代のウクライナ・キーウの姿である。続きを読む投稿日:2022.07.31
このレビューはネタバレを含みます
-2007.09.07記
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昭和20年の1月1日から終戦の詔勅を経て12月31日までの、中村真一郎に「書き魔」とまで言わしめた文人の戦時下の日々を執拗なまでに書き続けた日記。
おもしろかった…。敗戦間近の極限に追いつめられた日本とその国民の様子がきわめて克明に記述されている点、また敗戦後のマッカーサー進駐軍占領下の人々の様子においても然り、具体的な事実の積み重ねに文人としての自らの煩悶と焦慮が重ね合わされ、興味尽きないものがある。
高見順は戦中転向派の一人である。
明治40-1907年生れ、父は当時の福井県知事阪本釤之助だが、非嫡出子いわゆる私生児である。
1歳で母と上京、実父とは一度も会わないまま東京麻生において育ったという。
東大英文科の卒業だが、在学時より「左翼芸術」などに投稿、プロレタリア文学の一翼を担う作家として活動をしていたが、昭和7-1932年、治安維持法違反の嫌疑で検挙され投獄され、獄中「転向」を表明し、半年後に釈放されている。
一旦、転向表明をしてしまった者に対し、軍部は呵責のない徴用を課する。
昭和17-1942年のほぼ1年間、ビルマに陸軍報道班員として滞在、さらには昭和19-1944年6月からの半年、同じく報道班員として中国へ赴いている。
ビルマの徴用を終え帰国してまもなく、東京の大森から鎌倉の大船へと居を移した。鎌倉には大正の頃から多くの文人たちが住まいした。芥川龍之介、有島生馬、里見弴、大佛次郎など。昭和に入ると、久米正雄をはじめ、小林秀雄、林房雄、川端康成、中山義秀などが続々と住みついていたから、遅ればせながら鎌倉文士たちへの仲間入りという格好である。
この鎌倉文士たちが集って貸本屋開設の運びとなる。
多くの蔵書が空襲で無為に帰しても意味がないし、原稿執筆の収入も逼迫してきた事情もあっての企図であった。
高見は番頭格として準備から運営にと東奔西走、5月1日無事「鎌倉文庫」は開店した。
この日100名余りの人々が保証金と借料を添え、思い思いの書を借り出していく盛況ぶりであったという。
この鎌倉文庫は終戦後まもなく出版へと事業を拡張させ法人化され、文芸雑誌「人間」や「婦人文庫」「文藝往来」などを創刊していく。
8月6日、広島に原爆投下。
新聞やラジオはこの事実をまったく伝えない。だが人の口に戸は立てられぬ。翌7日、高見は文学報告会の所用で東京へ出向いたが、その帰りの新橋駅で偶々義兄に会い、原子爆弾による被災情報を得る。「広島の全人口の三分の一がやられた」と。
それから15日の終戦詔勅まで、人々は決して公には原爆のことなど言挙げしない。貝のように閉ざしたまま黙して語らず。
すでに人々の諦観は行きつくところまでいってしまっているのだろう。無表情の絶望がつづく。続きを読む投稿日:2022.10.16
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