凍りついた女
アニー・エルノー(著)
,堀茂樹(訳)
/早川書房
作品情報
彼女は、恋愛で結ばれたエリート・ビジネスマンを夫に持つ高校教師。子供が二人いて、快適なアパルトマンに暮らしているが、結婚生活に失望している。いわゆる主婦の役割を期待されて、買い物、食事の支度、子供の世話、その他の家事に明け暮れるうち、生きる意欲や、外界への好奇心が、自分のなかで錆びついていくのを感じるしかない。自由と自立のなかの幸福を志向していたはずなのに、そういう状況にはまり込んでしまうとは。自らの軌跡をたどって、彼女は、幼少時、思春期、学生時代、恋愛の時期、結婚後を語る――「女の子」として、「女性」として、どう生きてきたかを語る。
フランス人女性として初めてノーベル文学賞を受賞した著者が、自立への意欲と結婚生活への失望を描く、自伝的小説。
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この作品のレビュー
平均 3.8 (6件のレビュー)
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フランス女性作家として邦訳、これが4冊目というが・・全く 知らなかった。刊行は1981、当作の邦訳は30年弱前。
ありきたりの言い方ながら、さすがフランス女性としか・・言いようもない。
フランス女性と…一括りにするのは大嫌い・・日本女性だって、同年代でもピンキリ、多種多様。ただ言えるのはフランス女性のお手本と言われるのがボーボワール、日本女性のそれは円地文子、有吉佐和子。
読み始めて一驚するのは饒舌体。心に秘めた思いを吐き出すかのようにすごい勢いで語り続けて行くのが伝わってくる。改行はない、さすがに句読点はあるが、それだけで作家が内面に秘めたパッションを受けとめる。
巻末に有る訳者の解説中~
「筆者がこの作品を 『小説』と銘打ったのは 自らの軟弱性にある・・と。なぜなら、自分の歩んできた途をありのままに語り、想いを綴っているのに。それってノンフィクションであろう と。
題名の由来は「最初は同じスタートラインに立った男女 男と女が≪夫はエリート社員、妻は凍りついた女≫となっているニュアンスからだろう。
薄いとは言え一気に2時間もかからず読める。行間の空気が跳ねるのが分かり、ざわめき、におい、騒音、感情のうねりまで伝わってくるよう。
誰にでもあったであろう心身の疼き、自我の目覚め、そして性衝動~自らの性を語りはしても 徹底して生きる事が出来るとは思ってもみなかった・・と述べる。
男の子たちは「難しい事を考えない素っ裸の女に乾杯」し 「オスの自由に対して人びとはとても甘い」と綴る。
結婚して、家庭をすべからく動かすことは 女の仕事・・そんなシュールレアリスティックな生活を嘆く彼女に夫は「お前、トイレに立って小便しろ」という。
毅然として譲らない父親と一言も言わない母親・・子供の情緒安定に申し分ない環境・・なんだろう。奥さんが誇らしげに呼ぶ『男の人たち 食事よ」の空気感。
筆者の冴えたひりつく感性が溢れた絶妙な作品・・いや自叙伝だった。続きを読む投稿日:2022.10.18
このレビューはネタバレを含みます
凍りついた女
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著者:アニー・エルノー
訳者:堀茂樹
発行:1995年8月31日
早川書房
昨年、ノーベル文学賞を受賞した著者。1冊も読んだことがなかったが、昨年10月に「シンプルな情熱」という作品…を読んだ。発売当時は日本でも大反響があり、「場所」「ある女」とあわせて〈証言〉三部作と呼ばれているらしい。それよりも前、1981年に書かれたのがこの「凍りついた女」。
「シンプルな情熱」は、高校教師と作家をしている中年女性で、子供は大きくなって自宅にはおらず、普段は独り暮らし、東側の国の外交官でフランスに駐在する年下の男との、性愛について語る自伝的テクストだった。今回は、目指していた高校教師になれ、夫との間に2人目の息子が生まれたところまでを綴る作品で、やはり自伝的な作品。「シンプルな情熱」をはじめとした三部作は、小説でもエッセイでもなく、かといってノンフィクションでもない内容なので、テクストと呼ぶに相応しいと著者は言っているそうだが、この「凍りついた女」もそうなるだろう。幼少期から2人目の子育てが始まるまでのことを、一気に著者自身の心の声で、心情のみで語っていくスタイル。もちろん、自伝的な独白ものである。なお、書籍的には一応、小説となっている。
240ページほどの作品だが、読み終わった瞬間は大作を読んだ気がした。ほっと息をつくほどの大作だった。文章はすべて「地の文」で、会話部分はなし。カギ括弧でくくられる言葉の部分はあるが、会話としてではなく、地の文に織り込んで書いている。章立て、節立てもなく、10ページに1回ぐらいのペースで、2行分の空欄があるのみ。
訳者あとがきの中で、エルノーの中では最も「フェミニズム」的な作品だと書かれているが、僕には最もフェミニズム的なのかどうかは判断不可能だけれど、これがフェミニズム的な主張や視点があるのかと言われれば、そうは感じられなかった。みんな当たり前のように感じたから。著者は1940年生まれで、僕より20年近く前の時代を生きてきたので、女性の立場や扱われ方、そして男性というのはそんなのが当たり前だったのか、と理解するしかない。だとしたら、20年での〝進化〟は結構すごいし、男性である僕にとってもありがたいとしか言いようがない。
結婚相手に対する不満や結婚生活そのものに対する不満や矛盾などは、当時の夫像(男性像)を描くことで表現されているだけじゃなく、周囲の女性たちの発言によっても表現されている。主人公(著者)が、夫に対してだけでなく、それが当たり前、その方が女に取って得策なのよ、という女性たちの発言や態度に対しても、大きな憤りを感じている、その姿が印象的だ。
人口8000人のまちに生まれ育った彼女。両親は貧しかったが、なんとか頑張って雑貨(乾物)屋とカフェを兼ねた店を持つことができ、2人できりもりしていた。家計に余裕はなかったが、とびきり貧しいというほどではない。父親は進歩的な人ではないが料理はする。母親は娘に対してなにより大切なのは勉強だと言う。
小学生のときからミッション系の女子校に入れられた。文学が好きな彼女は、それなりの成績は残すが、当然、思春期を迎えるとしたいことがいっぱい出てくる。17歳で初体験。バカロレアに合格して公立の高校へ。そして、大学に進学し、3年生のときに結婚し、4年のときに長男を出産。子育ての負担がすごく、上級中等資格試験には不合格。高校の教師への夢は実現せず。
夫は、就職に苦労するものの、最終的にはエリートビジネスマンになっていく。家では料理どころか皿洗いもしない。自分の稼ぎと家事を比較しているに違いない。子育ては、おいしいところだけを持って行く感じ。真夜中の授乳など大変な部分は全部彼女が引き受け、休日に子供をあやしたりする場面では夫が主役になる。
ある休日、子供の面倒を見るのに2人いても無駄だろ、僕は1人で映画を観に行ってくるよ、と出かける。そういう夫だった。
上級中等資格試験に合格し、目指していた高校教師に。そして、2人目の妊娠、出産。ここで話は終わる。
****
非の打ちどころのない母親たらんとして、私は毎午後、息子のル・ビクーを連れて外出した。外出、あれを「外出」と呼ぶとは。独身の頃の「外出」と同じ言葉を充てるとは。私にはもはや「外」はなかった。「内」が連続していた。いつも同じたぐいのことが頭の中を占めていた。
「すべては三歳までに決定する」という精神分析学ののろいが、わたしの頭から離れない。
~トーンがどんどん高まっていって、最後に一刀両断にされるのだ~、それなら初めから、子供を持とうなんてしなければよかったんですよ。世界でいちばん素晴らしいこの仕事は、全面的に引き受けるか、それともいっさい遠慮するか。どちらかだというわけだ。
そうか、わたしの三番目の孫が生まれるわけだな、と義父は勘定した。わたしは彼の誇らしさが理解できない。いやな感じさえする。家族の腹になったわたしのおなか。続きを読む投稿日:2023.08.21
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