- 最終巻
小説作法XYZ―作家になるための秘伝―(新潮選書)
島田雅彦(著)
/新潮選書
作品情報
《コトバを生業とする者たちが積み上げて来た文学的叡智がどれだけ人類に貢献して来たか》40年間の作家生活を経て、改めて「知性」の意味を捉え直した時、新たなる小説作法が誕生する。46箇条の「超絶技巧エチュード」は必見。当代を代表する書き手がプロフェッショナルになる道筋をすべて明かした文芸創作の『五輪書』!
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商品情報
- シリーズ
- 小説作法
- 著者
- 島田雅彦
- ジャンル
- 教養 - ノンフィクション・ドキュメンタリー
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮選書
- 書籍発売日
- 2022.05.25
- Reader Store発売日
- 2022.05.25
- ファイルサイズ
- 0.5MB
- シリーズ情報
- 全2巻
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この作品のレビュー
平均 4.0 (2件のレビュー)
-
最後のエチュード。「自分教、個人宗教を開き、最初の信者になる。戒律や教義を定め、独自の神を編み出す」ことを意識して生きよう。
小説を書こう、書けるとはさらさら思わないが、たいへん実践的な、実戦的な哲学…書であった。続きを読む投稿日:2022.07.05
このレビューはネタバレを含みます
作者は作品を書いているというよりは、不特定多数の他者によって書かされている。作者は他者に自らを譲り渡しているといってもいい。小説では、語り手と作者と主人公はしばしば分裂しており、登場人物も多く、視点…は映画のカメラのように随時切り替わり、多角的、複眼的に風景を、心理を捕らえようとする。そのせいで、作者の立ち位置が曖昧になったり、背後に隠れたり、あるいはその都度、主人公や登場人物に憑依することになるのである。
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小説を書く時、複数のキャラクターやパーソナリティを育んだり、もう一つの現実、架空の場所を精緻に構築しなければならない。登場人物は多岐にわたり、五百枚、八百枚の長編小説ともなれば私語りだけでは完成できない。どうしても他者の介入が必要となり、次々と現れて対話を挑んでくる他者との対話を通じて成長し、あるいは影響を受け、狂わされたりする。私を語ることは、ただ自分の頭に生起した思いを綴ることに留まらない。常に外界と接触し他者との対話を重ね、その中で自分がどう変わっていったか、その全ての記録でなければならない。
経験に基づいていえば、長編小説に登場するさまざまな人物たちは、自意識と重ね合わされているという意味では全員、私である。主人公だけでなく、すべての人々が私の分身である。『24人のビリー・ミリガン』を作り出して、名前と役割を振って作中に解き放ち、自由に活動させる。そして、作者というもう一つの人格が交通整理を行い、ナレーターとして、彼らの行動の記録を書きとどめているわけだ。
対話は他人の脳がひねり出したコトバに耳を傾けることであり、つまり、他人の脳を借用することである。感覚的には人のパソコンをちょっと借りて、データを盗み出すようなもので、他者と情報交換を行うことによって、自己完結していた思考を大きく飛躍させる。ただ、他人の脳は手術で移植するわけにもゆかないので、言語を媒介にした交換である対話を通じて随時、借用する。対話を重ねる弁証法的な展開により、起承転結の構造をより大きくダイナミックに広げることができる。肯定、否定、止揚という運動をエンドレスに積み重ねてゆくことで、ストーリーテリングの新しい可能性が生み出される。
ドストエフスキーは、同時代のテキストが母体になっていたとしても、それほどブッキッシュな作家ではなく、むしろ自分の少年時代、シベリアの流刑地で、あるいはペテルブルクのインテリたちのあいだで飛び交っていたあらゆるコトバを吸収し、それを「溶け合わない対話」という形でテキストに抛り投げていった作家である。だから、「ドストエフスキーの思想」を体系的なものとして抽出すること自体が難しい。それ故にかえって、どのような解釈も成り立つ多様性を保ってきた。一つの思想に抽象化できない分、古びない。哲学は後からきた人間が論理の不備を指摘したりして発展的に乗り越えてしまうことがあり、時代遅れになりやすいのだが、ドストエフスキーの場合は思想を体現する登場人物の論争を再現することによって、思想心情が揺らぐ様子を解剖する。登場人物たちの饒舌でダイナミックな対話が原動力となって叙述が進む小説は、一人の矛盾した、二枚舌の小説家の思想の遍歴そのものを示してもいる。
人類の無意識には様々な元型が埋め込まれていて、創造者、主導者、世話人、お調子者、愛好者、無邪気、冒険者、賢人、魔術師、英雄、反逆者、孤児など十二種類を提示した。誰でもそれらの元型のいずれかに当てはまるような気がするところは、星占いや動物占いのようなものだともいえる。日本人ならば、桃太郎や浦島太郎を知らない者はいないだろう。桃太郎は英雄と冒険者、主導者のキャラクターをなぞり、浦島太郎は世話人、愛好者、孤児の影が付いて回る。そうした元型は歴史的な体験と記憶を通じ、変容し、加工されてもきた。神話や伝説の登場人物たちは様々なトラウマを背負っており、それは子孫である我々にも受け継がれ、各時代の経験と記憶によって強化され、子孫の行動をも左右する。
ハリウッドは神話的元型を極めてシステマティックにリサイクルしている。『スター・ウォーズ』シリーズがいい例で、ジョージ・ルーカスはマーケティングの一環としてアメリカの神話学者ジョゼフ・キャンベルに相談して設定を考えた。キャンベルは「神話の巨匠」と呼ばれ、『神話と遊ぼう』というTV番組のアンカーで、世界中の神話に通暁している。その知恵を拝借して、神話におなじみのモチーフである親子関係や思春期の葛藤、戦争と平和の問題などをサンプリングし、テーマごとに展開の平均値を出して、シナリオに反映させていった。
宇宙が舞台で、コスチュームやガジェットはSF的で新しいけれども、ダース・ベイダーとルーク・スカイウォーカーの親子の葛藤の物語は元型的な父親殺しの変形である。あるいは、フォースを身につける戦士としての修行は通過儀礼の元型であり、成人になるプロセスにまつわる神話のサンプリングである。またフォースを使いこなせないルークの前にメンターとしてのヨーダが登場して、その使い方を指南する。しかし、使い方を間違えると必ずダークサイドに落ちると警告し、ダークサイドに落ちたかつてのジェダイがルークの父親ダース・ベイダーだったという話が展開されるわけでが、個々の戦士が一人前になる通過儀礼にまつわる神話のエピソードが集約されている。だから、どの国の文化の人間が映画を見ても懐かしさを感じる。続きを読む投稿日:2023.01.08
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