この作品のレビュー
平均 3.4 (33件のレビュー)
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あなたは、『まるで愛猫でもなでるみたいに』、『石畳をよしよしする』女性を目にしたとしたらどうするでしょうか?
いやいや、それは怖いでしょう。私ならそんな女性に気づかれないようにそっとその場を後にしま…す。だって、あなたも『石畳をよしよし』しませんか?なんて訊かれたら怖いですよね。でも、そんな考え方は本当に正しいのでしょうか?もしかしたら、その女性は『石畳』と心を通じることが出来、そんな『石畳』たちの声を聞いていたとしたら、そこには全く異なる意味合いが見えてくるのではないでしょうか?
私たちは、この地球上のあらゆる存在の頂点に立つ生き物として我が世の春を謳歌する様に暮しています。しかし、私たちの周囲を見回せばそこに人間以外の数多の生き物、そして普通には生き物とは呼べない存在にも囲まれて私たちの暮らしがあることに気付きます。そう、私たち人間は、人間だけでこの地球に生きているのではない現実がそこにあります。そんな私たちは人間とそれ以外の間に一線を引き、人間以外のものたちと心を交わそうなどと考えたりはしませんし、そもそもそんなことができるとも思っていません。
しかし、本当にそうなのでしょうか?本当に人間は人間以外のものたちと心を交わすことはできないのでしょうか?
さて、ここに、そんな疑問に答えてくれる作品があります。『人の分をこえた力で万象を読み、人にあらぬものと念をかよわせることができたのでございます』という『風穴なる者ども』の存在が作品冒頭で匂わされるその作品には、『まさしく、彼らは万象を読む』という存在が登場します。
『空を読み、雨風のうごきをあてる空読』。
『石を読み、その地にねむる記憶をあてる石読』。
『虫の気を読み、みずからの気とかよわせる虫読』。
そんな『異能の徒』が登場するこの作品。そんな彼らとの出会いを、『この人たちと出会って、何かが変わる。そんな予感があたしにはあった』と感じる主人公たちの活躍を見るこの作品。そしてそれは、『この世界は、人間が思ってるほど人間だけのものでもない』ということを、読者のあなたが目撃する物語です。
『ちょっと、君、待って』と、『特Cエリアの我が家まであと五分という地点』で『ふいに後ろから呼びとめられた』のは、中学生の里宇(りう)。『待ってたまるか。どうせまた景勝部員だ』と『逆に足を速め』たものの『家の前まで到達した瞬間』に腕を掴まれた里宇は、『君、誰?』と訊かれます。『あなたこそ、誰ですか』と訊き返した里宇に『怪しい者ではありません』と返す女は『こういう者です』と、『(株)カザアナ 岩瀬香瑠(いわせ かおる)』と書かれた『一枚の名刺をさしだし』ました。そして、里宇の家の『立派な藪だね』という位に荒れた庭を指し、『これも何かのご縁。このお庭、うちに任せていただけたらお安くしますよ』と続けます。『景勝条例第七条五号』により、『地域の美化に貢献しなければならない』ことを気にしていた里宇は、家に入り、『弟の早久(さく)に一連の報告を』します。そうすると早久は『最初にその人から声かけられたとき、里宇は特Bエリアにいた』、つまり『うちの庭はそこにな』く、『当てずっぽう』な営業だと指摘し、『ま、せいぜい気をつけろよ。案外そいつ、ヌートリアの一味だったりするかも』と指摘します。『ヌートリアがなんであたしを…』と思いながら、里宇は自室へと入り、『愛媛に出張中のマム』に、『偶然、造園会社の人と知りあったの。安くしてくれるって言ってるけど、どうする?』とMメを送りました。すぐに『里宇を我が家の庭大臣に任命する』ので、『信用できるなら契約してください』と返ってきた返事を見て『やれやれ、丸投げかよ』と思う里宇はネットで『カザアナ』という業者について調べ始めました。そして、『カザアナ』が『人気の造園会社』であることを知った里宇は、『迷った末に』、香瑠に電話をかけると、翌日、早々に見積もりに来ることが決まります。そして、HPで見た『カザアナの代表三人が』里宇の家を訪れます。『ぬうっと背の高いテルさんと、小柄なおだんご頭の鈴虫さん、そして中背の香瑠さん』という三人を見て『異次元のどこかへつながる真空がぽっかり開けたみたい』と感じる里宇。『にこにこ空を仰ぎつづけるテルさん。ひたすら虫を追いかける鈴虫さん。石畳をよしよしする香瑠さん』という三人を見て『この人たち、大丈夫…?』と心配になる里宇。そんな中、香瑠が里宇に『その石を、見せてもらえないか』と突然言い出します。『服の下にずっと隠してきたのに』、『早久にさえ石のことは話していないのに』と思う里宇は、『なぜ、あなたは見抜いたの?』と畏れを感じます。『あなたは、誰? そして ー この石は、何?』と思う里宇。そんな里宇が、不思議な力を持つ三人との出会いによって、さまざまな事ごとに対峙していく姿が描かれていきます。
“監視ドローン飛び交う息苦しい社会で、元気に生きる母・姉・弟の入谷ファミリー。一家は不思議な力を持つ『カザアナ』と出会い、人々を笑顔にする小さな奇跡を起こしていく”と内容紹介にうたわれるこの作品。森絵都さんが描く近未来の日本を舞台にしたSFな物語が展開していきます。聞いたことのあるような、ないようなカタカナ言葉が頻出するこの作品の舞台設定がいつなのかがまずは気になりますが、作品中にこんな一文が存在します。
『東京五輪の景気効果が肩すかしに終わり、列強とのAI競争に敗れ、人口減少やら高齢化やらインフラの老朽化やらで八方塞がりだった日本が起死回生をかけた観光革命に打って出たのは、約十五年前のこと』。
私がこの作品を読んだのは2022年のことですが、この作品がこの世に登場したのは「小説トリッパー(2017年冬季号〜2018年冬季号)」の連載であり、『東京五輪』が一年延期で2021年に開かれる四年も前のことになります。つまり、上記の引用自体が未来世界を記述したものということになります。当時、まさかのコロナ禍で”観光立国”を目指そうとしていたこの国の方向性が頓挫することまでは予測できなかったのだと思いますが、その他の指摘はさもありなんといったところ、なかなかに近未来を予測描写する難しさを感じる一方で、とても興味深いものも感じました。まずは、そんな近未来を描いた描写に触れてみましょう。
・「いじめの問題って今はないんだよね」 「はい。学校もセンサーだらけで、すぐにバレますから」
→ 森絵都さんは代表作「カラフル」で、いじめの問題も取り上げられていますが、いじめを『センサー』で検知するという発想はすごいです。
・「勉強はニノキンが見てくれるから」 「おっ、売れに売れてる〈AI家庭教師・二宮金次郎〉か」
→ 現在存在するさまざまな職業がAIに置き換わっていくとは言われますが、それが『家庭教師』ということ。また、ネーミングセンスも絶妙です!
・『池袋から浅草まではリニアで五分。スーツ姿の通勤客が多い電車とは対照的に、リニアの車内はじつにカラフルだ』。
→ いきなり登場する交通機関の話題。さらりと『リニア』が登場します。ちなみに、現在同区間はJR山手線と東京メトロ銀座線でおよそ30分かかります。どんなルートを辿るんだろうと、ちょっと夢が膨らみます。なお、山本文緒さんも「落花流水」の中で近未来を描かれ、やはり『リニア』を登場させられています。未来の交通は『リニア』というのは多くの方に共通のイメージなのかもしれません。
一方で、近未来から見た過去の日本という視点も興味深いです。
・「だって、昔の日本では、頭を丸刈りにするって、反省を表明するってことだったんだよ」
→ 悪いことをしたら『頭を丸刈りにする』という発想は、2022年の今であってもアンケートを取ると日本人の100%が答えられないような気もします。でも、こんな風に過去の慣習と語られてしまうと、その過去に生きる身としてはなんとも不思議な気分に陥ります。
といったように、舞台をはっきりと日本と宣言された上で、かつ上記したような近未来世界が匂わされる中に展開するこの作品。森絵都さんがこの国をどう見ているのか、どう考えているのかを垣間見ることのできる、なかなかに興味深いポイントだと思いました。
そんな物語は、内容紹介にもある通り、”不思議な力を持つ『カザアナ』”が登場し、物語を大きく動かしていきます。物語は、四つの章から構成されていますが、全ての章が二つのパートによって構成されています。一つは、各章の後半に描かれるパートです。主人公となる入谷ファミリーの三人、つまり近未来の日本を生きる母親の由阿、姉の里宇、弟の早久が、不思議な力を持つ、テル、鈴虫、そして香瑠に出会い、その力を借りてさまざまな事ごとに対峙していく姿が描かれていく物語です。こちらは、上記した近未来の表現が登場するなど分かりやすく比較的スイスイと読み進められる内容です。一方で、物語の前半に置かれるのが、
『かの時代、風穴なる者どもには人の分をこえた力で万象を読み、人にあらぬものと念をかよわせることができたのでございます。 まさしく、彼らは万象を読むのです』。
そんな風に語られていく過去の日本を描く物語です。『後白河さまが即位された翌年、風穴のよこどりを禁ずる勅旨がくだされた』という表現から後白河天皇の時代、つまり12世紀の平安時代であることがわかります。戦乱が相次いだと歴史に記されたその時代。そんな時代に『たたりやもののけに類する霊妙なる力』を持つという『風穴』という『通り名』で呼ばれる人々の存在が描かれていく物語は独特な雰囲気感に包まれています。後半パートに比べると間違いなく読みづらく、人類がまだ経験したことのない近未来以上に理解しづらい情景が描かれていくのは雰囲気感こそ十分ですが若干のハードルの高さを感じます。ただ、これは私がこういった物語を読み慣れていないということでもあり、人によってはこの前半部分こそこの作品の醍醐味と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。そして、そんな『風穴』の中で、後半パートにも繋がってくる能力を持つ人たちが登場し、平安の世での活躍が描かれます。一方で、そんな『風穴』の子孫が、現代社会に生きる『カザアナ』の面々として後半パートに登場します。では、前半パートの『風穴』と後半パートの造園会社(株)カザアナの面々を対比してみましょう。
・『空を読み、雨風のうごきをあてる空読(そらよみ)』
→ 『カザアナ』の天野照良 = にこにこ空を仰ぎつづけるテルさん
・『虫の気を読み、みずからの気とかよわせる虫読(むしよみ)』
→『カザアナ』の虹川すず = ひたすら虫を追いかける鈴虫さん
・『石を読み、その地にねむる記憶をあてる石読(いしよみ)』
→ 『カザアナ』の岩瀬香瑠 = 石畳をよしよしする香瑠さん
古から続く『怪しき力』を持つ者を現代社会に落とし込むという対比はなかなかに面白いものを感じます。物語は、近未来の日本が抱えるさまざまな事ごとに対峙していく入谷ファミリーに、『カザアナ』の三人が力を貸していくという展開を辿ります。平安の世では、当時の身分制度に従って『従五位から正四位までは風穴ひとり、従三位から正一位まではふたりをかぎり』と、『風穴』を囲うことが許される人数が掟で定められていました。それに対して近未来では造園会社の社員として契約によって関わり合いを持つという違い、こんな対比もなかなかに興味深いものを感じます。
そんな物語は、四つの章それぞれに事象が発生し、それに入谷ファミリーが対峙していくスタイルを取ります。ごく簡単にご紹介します。
・〈第一話 草をむしる〉: 入谷家の庭を巡る物語。三人の力を俯瞰します。里宇視点。
・〈第二話 自分のビートで踊る〉: 学校で開かれる『相撲大会』を取り上げます。早久視点。
・〈第三話 怪盗たちは夜を翔る〉: 『夏祭り』を『ヌートリア』から守ります。由阿視点。
・〈第四話 しょっぱい闇に灯る〉: まさかの『アメリカ大統領』の誘拐!総力戦。
四つの物語の構成はかなり歪で、第四話が全体の約四割のページ数をもって展開し、読後感としてもこの第四話の印象が強く残ります。そこに展開するのは、現代社会にリアルに存在するある問題に、森絵都さんなりにチクリ!と問題提起をする内容であり、リアルとSFの狭間で揺れるなかなかに興味深い物語でした。
一方で、この作品で私が一番面白いと思ったのが〈第三話 怪盗たちは夜を翔る〉でした。『蜂類を代表したスズメ蜂の恩返しです』、『墓石たちも陰ながら応援してます』、そして『随所に根を張る藤たちがいっせいに青葉をさざめかせた』と展開していく物語は、この章に助演男優的に登場する十文字が『なかなかの妖術ですなあ』と唸るのもわかる痛快な展開です。まさしく、『カザアナ』の『怪しき力』がいかんなく発揮されていく物語。これ以上触れるのはネタバレになりますのでやめておきますが、まさしくエンタメな物語展開です。この世界観の面白さは、村山早紀さん「花咲家の人々」の世界にも通じるものであり、とても楽しませていただきました。
私たちが暮らす地球には、さまざまな生き物が暮らしています。また、人が生き物と認識していない存在も多々あります。残念ながら私たちがそんな存在と交流することはできません。しかし、それはあくまで私たちの勝手な認識の元にある常識に過ぎないとも言えます。この作品では、『天気に通じる空読』、『虫をつかうことができる』虫読、そして『石の記憶を読む石読』という平安時代に活躍した『風穴』たちの子孫が、近未来の日本でも活躍し続けている様を見ることが出来ました。そんな物語を読めば読むほどに一つの想いが読者にも湧き上がるこの作品。
『この世界は、人間が思ってるほど人間だけのものでもないみたい』。
そんな想いの先に、この世のあらゆるものたちが形作っているこの世界が愛おしく感じるこの作品。
ファンタジー世界の描写をお手のものとされる森絵都さんだからこそ描ける近未来の物語世界を楽しませていただいた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2022.10.03
一気に読んだ本は久々でした。
歴史小説??という導入部分から今より少し先の未来へ。特殊能力の持ち主?カザアナの人々と入谷ファミリーが、変えていかなきゃの予測不可能な大冒険。実際に色々なことがおこり得る…かもしれない未来の怖さ。ユーモアの中にもそこにどう向かうかを、問われているような気にもなりました。続きを読む投稿日:2024.02.11
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