ほとんど記憶のない女
リディア・デイヴィス(著)
,岸本佐知子(訳)
/白水Uブックス
作品情報
「とても鋭い知性の持ち主だが、ほとんど記憶のない女がいた」
わずか数行の箴言・禅問答のような超短編から、寓話的なもの、詩やエッセイに近いもの、日記風の断章、さらに私小説、旅行記にいたるまで、多彩で驚きに満ちた〈異形の物語〉を収めた傑作短編集。カウボーイとの結婚を夢みている自分を妄想する「大学教師」、自分の料理を気に入らない夫の好みを記憶を辿りながら細かく分析していく「肉と夫」、思考する〈私〉の意識とメモをとる〈私〉の行為を、まったく主語のない無機質な文体で描く「フーコーとエンピツ」他、全51編を収録。「アメリカ小説界の静かな巨人」デイヴィスの、目眩を引き起こすような思考の迷路や言葉のリズム、また独特のひねくれたユーモアは、一度知ったらクセになる。
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商品情報
- シリーズ
- ほとんど記憶のない女
- 著者
- リディア・デイヴィス, 岸本佐知子
- 出版社
- 白水社
- 掲載誌・レーベル
- 白水Uブックス
- 書籍発売日
- 2011.01.01
- Reader Store発売日
- 2023.06.09
- ファイルサイズ
- 1.5MB
- ページ数
- 210ページ
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この作品のレビュー
平均 4.1 (26件のレビュー)
-
長編の「話の終わり」(https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4861823056)がなんとも不思議な感触だったので、短編集も読んでみた。短いものは数…行しかないし、全体的にストーリー性は薄く、観念的寓話的で、ほぼすべての短編の主体者が何者かをはっきりさせていないというような、なんとも不可思議な短編集でして。
表題作の『ほとんど記憶のない女』は、「仕事はできるが、どうやったか覚えておらず、昔読んだ本にメモをするがそのメモを読み返すと不思議な感覚に陥り、もう一度本を読むと違った感触でメモを残す女」の事が書かれる。私としては自分自身も「ほとんど記憶のない女」と同じだよなあ(仕事ができるということではなくて、忘れて同じ行動をするということがことが)と考えてしまうわけで。
「女」であるという心を表そうとしているのかという短編は他にもある。
孤独でもそこに在り続けるような『十三番目の女』。
なんだか自虐的な『おかしな行動』。
何も起きていなくても毎朝恐怖に怯える女と、自分も本当はそうだからと彼女を抱きとめる人々『恐怖』。
死んだ伯母の恋人だったノックリー氏が気になり追いかけ追いかける女性の『ノックリー氏』。
自分の悪い感情を抑えられずに周りに与える悪影響を憂う『エレイン牧師の会報』。ここで書かれている<たとえ意思があってもそれを行えないのなら、はたして意思を持つことに意味はあるのだろうか。P128><いったいどれだけの怒りを私達は上の子の中に備えてしまっただろう。どれだけの冷酷さをかつて冷酷さのかけらもなかった下の子の心にこれから植え付けていくのだろう。P132>は、私には色々と辛い((+_+))
そんな女性たちには夫や恋人もあるのだが、二人の感性がいつまでも平行線のままという『地方に住む妻1』『肉と夫』『認める』『認めない』など。認めるか認めないかどっちだ!笑
『認める』は、先に女が出ていったのか、男が出ていったのか。いやそうかもしれないけどそもそも原因は女だよね。そうじゃなくてその問題はそれより前に始まっていたんだよね、だからあの日のことは自分のせいだと言うなら、その前のことは自分のせいだと認めなければいけない。でも認めない、今のところは。ということをつらつらと書き連ねられている。
『認めない』のほうは、男は女が自分の意見を聞かないんだと言うし、女はそうじゃなくて男が自分の意見を聞かないと言うし、ってお話。
…結局誰も認めてないじゃん。
これらは人間のわかりあえなさを抽象的に書いたのだと思うが、作者リディア・デイヴィスがポール・オースターの元妻だと知って、「オースターと話が通じなかったのか?!」などと考えてしまった 笑
長編小説『話の終わり』でも恋人や夫婦で共に文筆業をしているが、どうやって書くか、何を書くか、一日にどのくらい書けるかで、女性語り手とその恋人や夫とは違うということが触れられていたので余計にオースターがちらついてしまって。
人間の業を寓話で表現している話もある。
「欠点の多い自分たちには、欠点の多い人間のほうが親しみやすくて安心できる」という『俳優』。
意味のない仕事(生きることの象徴?)を「いつか辞めるけど今じゃない」と繰り返す『服屋街にて』。
人間の軽薄さが垣間見えるような『刑務所のレクリエーション・ホールの猫』。
見られている者は、見られていると分かっていない関係『水槽』。
気分で犬を殴りつけたり撫でたりする『町の男』。
危険が迫っても、現実が厳しくてもただそこにいるだけしかできない話としては『ヒマラヤ杉』『天災』などがある。
『天災』は、「海に面した家は水かさをます水に飲み込まれながら暮らしている。作物が凍ったり道が絶たれたりしながら、でもそこの住む人達はただ死を待つばかりなのだ。」というだけの、生きることへの象徴なのかもしれないが、なんというか身も蓋もない。
実験的な書き方の短編も多い。(全部の短編が実験的とも言えるが)
人々の行動に順番を振ってある『家族』。
物を羅列しまくって読者が「何の話だっけ(ーー?)」となる『この状態』。
楽しい題名のはずなのに、冷たい言葉ばかりが羅列されている『ピクニック』。
自分の行動を並べるんだが多分心の中は題名のとおりなのだろう『混乱の実例』。
寓話のような短編が多いのだが、そのテーマを語るのに、とにかく言葉を繰り返す表現も多い。
『繰り返す』は「旅することは書くことで翻訳することで読むことになる。それなら読むことは読むことであり、読む時は読むだけでなく旅もしていて、旅している時は読んでいるのだから、読むことはよんでよむことである、そして読んでいる時は書いてもいるし翻訳もしているので読むのだ。」と延々と述べて読者を(@@???)にさせる。
『ある友人』『他一名』などもそんな感じ。
『陵辱されたタヌークの女たち』は、そんな繰り返し繰り返しが非常に不毛だがただたただ続ける人たちの寓話。
『下の階から』は、「自分が自分を冷静に聞いたら、自分がその人(自分)じゃなくて良かったって思うだろうけれど、自分は自分なんだから自分のことを聞けないことを悲しんでもいない」のだそうだ。
この短編集で目線の主の名前がはっきりしている唯一の小説は、旅行記のような『ロイストン卿の旅』。だが本文ではできる限り主語は削除しているので、ロイストン卿の経験なのに、ロイストン卿の存在が感じられない。かといって読者がロイストン卿の代わりに旅行に出ている感覚でもないし…。
『サン・マルタン』は、別荘の雇われ管理人として住んだ”私たち”の日々を書いた一応小説風ではある。しかし別荘には二人いるはずなのに”私”と”もう一人”として記載するなど、もう一人の存在をわざとぼやかせているためなんとも不安定な印象に。
小説を書くということを書いている短編もある。
『話の中心』は、作家が話の中心を書こうとしたら書きたいことと違っていて、それとも話の中心ってものがないのだろうかと考えたりする。小説家ではなくても「中心がなくて空っぽなのではないか」という感覚はあるのかもしれない。
『面白いこと』は、作家が自分の小説を書きながら「愛とはややこしいから面白い」と考えそんな話を書きたいんだよなと思っている。しかしこの小説で面白いところはあまりうまく書けていないし、他のところはあまり面白くないし。<でも彼への怒りはたしかに彼女にとっては面白いことだった、なぜなら今となっては、彼への愛があんなに長く続いたことより、怒りがあんなに長く続いたことのほうが、はるかに説明しにくいことだったから。P82>という終わり方は、人間の心理の面白さでもある。
その他の小説のメモ。
語り手の連ねる取り留めのない空想に、現実との境が曖昧になる『大学教授』。
一人の人間にあるたくさんの面を理解しようと努力するんだけど、やっぱり自分も相手たくさんの面を一つの人だと思うことは難しい『理解の努力』。
言葉とはそのままの意味とは限らず、だが相手がその言葉を自分に向けたということに傷ついているという『出ていけ』。
自分の気分なんて世界の中心じゃないんだから振り回されないようになりたい『自分の気分』。続きを読む投稿日:2023.01.26
狐に摘まれたようなとはこの読後感にピッタリの感想だろう。物語があるわけではないが、作品ごとに読者である私が受け取り紡ぐ、あるいは想起される出来事が不思議と湧き起こる。ここまで読者に意図的に委ねられてい…る小説は初めて出会ったと思う。
特に今の自分に印象深いのは、「肉と夫」の夫への諦観と突き放し、「私たちの優しさ」の夫の矮小さ、甲斐性なさ、「グレン・グルード」の妻の焦燥感、輝かしい過去への憧憬といったところかな。自分の心情や状況にリンクしてしまう。
読む年代や置かれている状況によって一番刺さる作品は違ってくるに違いない、それほどまでに懐の広い作品群になっている。たった数ページで人間、社会の本質をつくを一文に出会ったらかと思ったら、幻想のように脳裏を掠めていく。去年他の短編小説も白水Uブックスで刊行されているとな。手に取るしかないとな。
続きを読む投稿日:2024.02.13
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